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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8951号 判決 1976年5月27日

原告(反訴被告)

阿由葉栄一

被告(反訴原告)

東京都

主文

一  被告は原告に対し二六万八、一四〇円およびこれに対する昭和四九年六月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対し一九万七、一〇〇円およびこれに対する昭和四九年一〇月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告および反訴原告(被告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。

五  この判決第一、二項は、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  原告

(一) 被告は原告に対し、金九一万一、二二〇円および内金八八万五、五二〇円に対する昭和四九年六月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

二  被告

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  被告(反訴原告、以下単に被告という。)

(一) 原告(反訴被告、以下単に原告という。)は被告に対し、金六〇万〇、七五〇円およびこれに対する昭和四九年一〇月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 反訴の訴訟費用は被告の負担とする。

第二本訴請求の原因

一  事故の発生

原告は次の交通事故により傷害および物損を受けた。

(一)  日時 昭和四七年五月三日午前六時一〇分頃

(二)  場所 東京都練馬区春日三丁目三五番地先交差点

(三)  加害車 警視庁練馬署所属パトロールカー(品川八た一七六一号、以下単に本件パトカーという。)

右運転者 警視庁巡査萩原志津夫

(四)  被害車 普通乗用自動車(練馬五む二八四六号、以下原告車という。)

右運転者 原告

(五)  態様 前記交差点において本件パトカーと原告車が出合頭に衝突した。

二  責任原因

被告は、本件パトカーの運行供用者として本件事故によつて原告が受けた人的損害を賠償する責任があり、また、本件事故は萩原巡査がその職務に従事中に次の過失によつて惹起させたものであるから、萩原巡査の使用者として本件事故によつて原告が受けた人的ならびに物的損害を賠償する責任がある。すなわち、

萩原巡査は、当時本件パトカーを緊急自動車として運転していたのではなく、赤色燈の点滅もサイレンの吹鳴もしていなかつたのであるから、赤信号に従つて交差点の手前で停止すべきであるのに、これを怠つて本件パトカーを時速六〇キロメートルを超す高速で交差点に進入させた過失があり、かりに緊急自動車として運転中であつたとしても、道路交通法施行令一四条所定のサイレンの吹鳴を怠り、かつ自己の対面する信号が赤色、交差する道路の信号が青色であり、一般車が交差道路から交差点に進入することが予想されたのであるから、道路交通法三九条二項に従つて左右の安全を確認し徐行する義務があつたのに、これを怠つて漫然高速のまま本件パトカーを交差点に進入させた過失がある。

三  損害

(一)  原告は本件事故により頸椎、右足首捻挫等の傷害を受け、昭和四七年五月三日から同年六月一三日まで阿部病院に、同年六月五日から昭和四八年四月一二日まで読売診療所に通院(通院実日数一六二日)して一応治癒したが、現在なお頭痛、倦怠感等が残存している。また、原告は本件事故のため原告車が大破したので、これを廃車せざるを得なくなつた。

(二)  右受傷および原告車破損に伴う損害の数額は次のとおりである。

(1) 治療費 二九万五、五二〇円

(2) 通院交通費 二万五、七〇〇円

前記阿部病院への通院に自宅から同病院までタクシー往復一回三八〇円の二九回分一万一、〇二〇円、読売診療所への通院に池袋から同診療所まで地下鉄一往復八〇円の三二回分二、五六〇円、一往復一二〇円の一〇一回分一万二、一二〇円、合計二万五、七〇〇円の通院交通費を要した。

(3) 休業損害 二九万円

原告は読売観光株式会社に観光バスの運転手として勤務しており、同会社の給与体系は固定給に早出、残業、深夜、走行キロ等の諸手当が加算されるという複雑なものとなつているが、本件事故による受傷のため事故当日から昭和四七年七月三日まで六一日間欠勤し、その後も休養・治療に努めざるを得なかつたので、昭和四七年六月から同年一二月までの間に毎月の給料および一二月分賞与で少くとも二九万円の減収となり同額の損害を蒙つた。

(4) 慰藉料 五〇万円

原告は本件事故による受傷のため前記のとおりの通院、欠勤を余儀なくされ、また、一応治癒したものの現在なお頭痛倦怠感等が残存していることなどの事情があるので、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては五〇万円が相当である。

(5) 原告車破損による損害 一五万円

原告車の修理代見積額は三六万五、九八〇円であつたが、他方原告車は昭和四一年型の自動車で本件事故当時の時価は一五万円であつたので修理せずに廃車したから、右時価相当額の損害を蒙つたことになる。

(6) 弁護士費用 一五万円

四  損害の填補

原告は前項(二)の(1)ないし(4)の人的損害につき自賠責保険から五〇万円の支払を受けた。

五  結論

よつて、原告は被告に対し、前記三の(二)の損害額から四の填補額を控除した残額九一万一、二二〇円および内金八八万五、五二〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年六月二一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三本訴請求原因に対する被告の認否および抗弁

一  認否

請求原因第一項の事実は認める。同二項の事実中、本件パトカーが緊急自動車としての運転中でなく赤色燈火の点滅もサイレンの吹鳴もしないで高速のまま交差点に進入したとの点は否認するが、その余の事実は認める。同第三項(一)の事実中、現在なお頭痛、倦怠感が残存するとの点は不知、その余の事実は認める。同第三項(二)の事実中、治療費額、原告が読売観光株式会社の観光バス運転手であり、本件事故による受傷のため六一日間欠勤したこと、および、原告車の修理代見積額、原告車が昭和四一年型であり廃車したことは認めるが、その余の事実は不知、慰藉料額は争う。同第四項の事実は認める。

二  抗弁

本件事故現場は豊島園方面から田柄方面に南北に通ずる幅員七・九メートル(歩道部分片側一・二メートル)の道路に、同交差点から北町方面(東)に向う幅員八・五メートル(歩道部分両側各一・二メートル)の道路と谷原方面(西)に向う幅員五・三メートルの道路がほぼ直角であるがずれて交差し、交差点に向つて北進する車両にとつては右方の、西進する車両にとつては左方の見とおしの悪い信号機の設置されている交差点であり、右各道路とも最高速度は三〇キロメートルに規制されており、事故当時同交差点の交通量はきわめて閑散であつた。なお、交差点の西南角角切り部分に接して警視庁練馬警察署春日町派出所がある。

本件パトカー担当の萩原巡査は練馬区春日町二丁目二四番地先で警ら中、警視庁通信指令室から一一〇番による緊急指令を受け、緊急自動車として本件パトカーの赤色燈を点滅させかつサイレンを吹鳴して北町方面から前記東西道路を時速約四〇キロメートルの速度で西進して本件交差点に差しかかり、本件交差点の東側横断歩道の手前約三〇メートルの地点で同交差点の信号が黄色から赤色に変るのを認めたので、交差点手前で一時停止するため減速し時速約三〇キロメートルになつたころ、前記派出所勤務の中馬光秋巡査が本件パトカーのサイレンの音を聞きつけて同派出所から小走りに出てきて身体の正面を東に向け右手掌を身体の外側(南)に向けて高くかかげ南側豊島園方面からの車両に対して停止の合図をしているのを認めたので、一時停止しなくても通過できるものと判断して左右の安全に注意しつつ時速約二五キロメートルの速度で前記横断歩道まで進行したとき、左方豊島園方面から同交差点に高速で進入してくる原告車を同交差点南側横断歩道上に発見し、急制動の措置をとつたが問に合わず、本件交差点の中央附近において本件パトカーの左前部と原告車の右前部が衝突したものである。

したがつて、本件事故発生については、萩原巡査にも本件交差点に進入するに際して徐行義務を怠つた過失があるが、原告にも前記のように本件パトカーが赤色燈を点滅させサイレンを吹鳴しつつ接近してきたのであるから、右サイレンの高低・遠近、いずれの方向かを判断するまでもなく、直ちに道路交通法四〇条に従つて交差点またはその附近においては交差点をさけ道路の左側によつて一時停止しなければならないのにこれを怠り、かつ、前記のように中馬巡査が停止の指示をしたのであるから、右指示に従つて一時停止すべきであるのにこれをも怠つて漫然高速のまま本件交差点に進入した過失がある。

第四被告の抗弁に対する原告の認否および主張

被告の抗弁事実中、本件パトカーが緊急自動車として赤色燈を点滅しサイレンを吹鳴していたとの点、および、中馬巡査が原告車に対して停止の合図をしたとの点は否認する。

原告は青信号に従つて進行していたのであるから、特に異常と認められる事情のない限り左右道路に注意を払うべき義務は存しないところ、サイレンの音も聞こえず、また、中馬巡査は交差道路側に手をあげていたのであつて原告車には何ら合図をしていないので、右特段の事情はなく、原告に過失はない。

第五反訴請求の原因

一  事故の発生

本訴請求原因第一項記載のとおりである。

二  責任原因

本件事故発生については前記第三の二記載のとおり原告にも過失があるから、原告は本件事故によつて被告が受けた損害を賠償する義務があり、また、本件事故による後記被害者に対して被告が支払つた損害賠償額につき求償に応ずる義務がある。

三  損害

(一)  本件パトカー破損による損害 二八万八、〇〇〇円

被告は本件事故により破損した本件パトカーの修理代として二八万八、〇〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(二)  訴外前原徳人への損害賠償の支払 三一万二、七五〇円

本件事故により原告車が前原徳人が賃借する練馬区春日町六丁目一番一二号所在の事務所にとびこんで同事務所の一部および同人所有の什器を破損したので、同人は、右損害は原告と萩原巡査の共同不法行為により発生したものであるとして被告に対し三一万二、七五〇円の損害賠償額の支払を求めたので、被告は右金員を支払つた。

四  結論

よつて、被告は原告に対し、前項(一)の損害額二八万八、〇〇〇円と(二)の求償金三一万二、七五〇円の合計額六〇万〇、七五〇円およびこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和四九年一〇月二五日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第六反訴請求原因に対する原告の認否

請求原因第一項の事実は認める。同第二項の事実は否認する。同第三項の事実はいずれも不知。

なお本件パトカーは昭和四二年初度登録の中古車で、使用開始後本件事故までに五年近くを経過しており、その客観的交換価値は多くみても一五万円程度であるから、本件の場合は滅失に準ずるものとして、被告の本件パトカー破損による損害は右時価をこえないものというべきである。

第七証拠〔略〕

理由

第一事故態様について

一  事故の発生

本訴請求原因第一項の事実および反訴請求原因第一項の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  事故態様、過失割合

成立に争いのない甲第二号証、乙第三号証、本件事故現場の写真であることについて当事者間に争いのない甲第二〇号証の一ないし二〇、証人萩原志津夫、同中馬光秋の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、

(一)  本件事故現場は豊島園方面から田柄方面に通ずる幅員七・九メートル(歩道部分片側一・二メートル)の道路に同交差点から北町方面に向う幅員八・五メートル(歩道部分両側各一・二メートル)の道路と谷原方面に向う幅員五・三メートルの道路がほぼ直角ではあるがずれて交差する信号機により交通整理の行われている見とおしの悪い交差点であり、交差点の西南角には練馬警察署春日町派出所があつて附近の状況は概ね別紙図面のとおりであり、右各道路の最高速度はいずれも時速三〇キロメートルに規制されており、事故当時右交差点の交通量はきわめて閑散であつたこと。

(二)  萩原巡査は本件パトカーを運転して同乗の小川巡査とともに管内を警ら中、警視庁通信指令室から交通事故発生の緊急指令を受け、本件パトカーの赤色燈を点滅させ、サイレンを吹鳴して北町方面から谷原方面に向つて時速約四〇キロメートルの速度で西進して本件事故現場附近に差しかかつたが、前記交差点の東側横断歩道の手前約三〇メートルの附近で同交差点の対面する信号が黄色から赤色に変るのを認めたので減速しながら右横断歩道の手前約一三メートル附近まで進行したとき、前記春日町派出所で見張勤務中の中馬光秋巡査が本件パトカーのサイレンの音を聞きつけて同派出所から別紙図面A点附近まで小走りに出てきて同所で身体は豊島園方面と北町方面の中間の南東方向に向け右手を豊島園方面に向けて高くかかげたのを認めたので、同巡査が豊島園方面からの車両を停止させており、一時停止をしないで交差点に進入しても安全であると考え、時速約二五キロメートルまで減速していたそのままの速度で交差点に進入しようとして前記東側横断歩道附近まで進行したとき、左方豊島園方面から自車よりもやや高速で交差点に進入してくる原告車を同交差点南側横断歩道附近に発見しあわてて急制動の措置をとつたが間にあわず、交差点中央附近で本件パトカーの左前部と原告車の右前部が衝突し、その衝撃で本件パトカーはほぼ半回転し、別紙図面記載の前原事務所前に北向けに停止したこと。

(三)  原告は勤務先の会社に出勤するため原告車を運転して豊島園方面から田柄方面に向つて時速三五ないし四〇キロメートルの速度で北進して本件事故現場附近に差しかかつた際、対面信号が赤色を表示していたのでやや減速しながら前記交差点に向つて進行し右交差点の南側横断歩道の手前五ないし一〇メートル附近まで接近したとき信号が赤色から青色に変るのを認め、同時に左方から警察官が小走りに出てきて別紙図面A点附近で何か合図をしているのに気がついたが、青信号になつたから当然交差点に進入してよいものと考えたのと、従来の進行方向のまま進行すると進路前方にあるガードレールに衝突するおそれがあつてハンドルを右に切る必要があり一瞬右ガードレールに注意を奪われたため、右警察官の合図は交差道路に対する停止の合図であると軽信し、加速して交差点に進入したところ、その直後本件パトカーのサイレンの音に気がついたが、何ら制動等の措置をとるいとまもなく交差点中央附近で本件パトカーと衝突し、原告車は前記前原事務所前のガードレールを押し倒したうえ同事務所内にとびこんで停止したこと。

(四)  事故後、本件交差点の中央附近に右衝突時にタイヤが横ずれしてついたものと思われるタイヤ痕が残つていたが、急制動によるスリツプ痕は本件パトカーの側にも原告車の側についておらず、また、事故当時原告は事故車の窓を全部閉め切つてラジオを聞いていたこと。以上の事実が認められ、前掲各証拠中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

右事実によると、本件事故は本件パトカーの接近に気がついた中馬巡査が原告車に対して停止の合図をするに際し、警察官が信号機と異る手信号をする場合の手信号の種類および意味については、道路交通法施行令四条により腕を水平にあげているときは、警察官の身体の正面に平行する交通については信号機の青色の燈火と、水平にあげた腕に対面する交通については赤色の燈火の信号と同じ意味であり、また、腕を垂直にあげているときは、腕を垂直にあげる前の状態における水平にあげた腕に平行する交通(警察官の身体の正面に平行する交通)については信号機の黄色の燈火の信号と、警察官の身体の正面に平行する交通と交差する交通については信号機の赤色の燈火の信号と同じ意味であると定められており、警察官の身体の正面の向きが手信号に重要な意味を与えることになるのであるから、停止させようとする交通に対して自己の身体の正面を向けて合図をするべきであつたのに本件パトカーと原告車の中間の南東方向に身体を向けて右手をあげるという不明確な合図をした過失と、中馬巡査の合図は右のように不明確なものであつたにもかかわらず中馬巡査が自己と交差する道路の交通を完全に停止させたものと速断して道路交通法三九条二項に定められた徐行義務を怠つた萩原巡査の過失、ならびに、原告が自動車運転者として運転中は他の自動車の警音器の音や緊急自動車のサイレンの音が聞こえるよう窓を締める場合にも一部の窓に透き間を残し、ラジオも低音で聞く等の注意義務があり、また、自己の対面する信号が青色を示していたとしても、警察官が前方に立つて合図をしているのに気がついたのであるから、右合図が法規に定められた正規の手信号どおりでなくても前方に異常事態が発生したであろうことは容易に想像することができるのであるから(中馬巡査の前記合図を自己と交差する交通に対する停止信号であると誤解したとすれば、自己に対しては黄色燈火と同じ注意信号を示しているものと理解すべきであつた。)、一時停止もしくは徐行する等して事故の発生を未然に防止する義務があつたのに、これらの義務を怠つて本件交差点に進入した過失によつて発生したものと認められる。

ところで、便宜上ここで原告と被告側双方の過失割合について検討するのに、原告は自車と緊急自動車である本件パトカーの双方が交差点内に進入するまでサイレンの音に気がつかず、かつ、警察官の合図が停止の手信号としては不明確なものであつたとしても異常事態の発生を予想して徐行等の措置をとるべきであつたのにかえつて加速して交差点に進入したもので、その過失の程度は大きいといわなければならない。他方、萩原巡査が中馬巡査の合図をみて交差道路の交通は停止したものと考えたことは緊急自動車を運転している者として無理からぬ面もないではないが、一般の交通が信号機の表示する信号を絶対的なものとして従つている現状に鑑みると、一般車両には避譲義務が課され、緊急自動車は赤信号の場合も停止義務が免除されているとはいつても、赤信号にもかかわらず交差点に進入することはそれ自体危険性の高いものであり、かつ、右手信号を見落して交差点に進入する車両のあることも予想し得ないことではないので、左右の安全を確認し徐行して交差点に進入すべきであつたのにこれを怠つた点はやはり軽視することはできず(緊急自動車の優先通行は保障されなければならないが、緊急自動車の通行は一般の交通の流れに対しては異常事態であるという面は否定できず、一般車両がこの異常事態に対処しきれずに事故が発生した場合、これによつて生じた損害の分担を解決する場においてまで緊急自動車の絶対の優位を認めることは一般車両に対し過大な犠牲を強いることになり相当でない。)、また、中馬巡査が不明確な合図をした点については、これを被告側の過失とみるのが相当であり、このような双方の過失を比較すると、本件事故発生についての過失割合は原告四に対して被告側は六とみるのが相当である。

第二本訴について

一  責任原因

被告が本件パトカーの運行供用者の地位にあることは当事者間に争いがなく、また、萩原巡査が本件事故当時緊急指令によつて本件パトカーを運転して出動中であり、本件事故発生につき同巡査に過失のあつたことは前認定のとおりであるから、被告は自賠法三条および国家賠償法一条に基き本件事故によつて原告が蒙つた人的および物的損害を賠償する責任がある。

二  損害

原告が本件事故により頸椎、右足首捻挫等の傷害を受け、昭和四七年五月三日から同年六月一三日まで阿部病院に、同年六月五日から昭和四八年四月一三日まで読売診療所に通院(通院実日数一六二日)して一応治癒したこと、および、本件事故のため原告車が大破したので原告がこれを廃車にしたことは当事者間に争いがないので、以下損害の数額について判断する。

(一)  治療費 二九万五、五二〇円

原告の本件受傷による治療費として二九万五、五二〇円を要したことは当事者間に争いがない。

(二)  通院交通費 二万五、七〇〇円

前記争いのない受傷内容、成立に争いのない甲第四号証の二、同第五号証の二および原告本人尋問の結果を総合すると、原告は前記阿部病院への通院に自宅から同病院までタクシー往復一回三八〇円の二九回分一万一、〇二〇円、読売診療所への通院に昭和四七年七月中までの分として池袋から同診療所までの地下鉄往復一回分八〇円の三二回分二、五六〇円、同年八月以降の分として一往復一二〇円の一〇一回分一万二、一二〇円、合計二万五、七〇〇円の交通費を支出し、同額の損害を蒙つたものと認められる。

(三)  休業損害 二五万〇、六八一円

前記争いのない受傷内容および治療経過および原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第六ないし八号証ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は本件事故当時読売観光株式会社に観光バスの運転手として勤務していたものであり(この点は当事者間に争いがない。)、同会社の給与体系は基準給与に早出、残業、深夜、走行キロ等の諸手当を加算するという複雑なもので毎月の給与額は一定していなかつたが、本件事故のため、事故当日から昭和四七年七月三日まで六一日間欠勤し(この点も当事者間に争いがない。)、その後も前認定のとおりの通院のためや、受傷による体調の不調のため欠勤せざるを得なかつたので、昭和四七年六月分については少くとも一五万一、〇〇〇円の収入があつたはずのところ七万五、三一〇円の収入しかなく少くとも七万五、六九〇円の、同年七月分については少くとも一二万八、〇〇〇円の収入があつたはずのところ七万四、三六〇円の収入しかなく少くとも五万三、六四〇円の、同年九月分については少くとも一三万六、〇〇〇円の収入があつたはずのところ一一万二、一〇一円の収入しかなく二万三、八九九円の、同年一一月分は少くとも一三万七、〇〇〇円の収入があつたはずのところ九万九、三四八円の収入しかなく三万七、六五二円の各得べかりし収入を失い、また、同年一二月の賞与については少くとも一八万円支給されるはずのところ一二万〇、二〇〇円しか支給されず五万九、八〇〇円の得べかりし収入を失つたものと認められる。

(四)  慰藉料 五〇万円

前記争いのない原告の受傷内容および治療経過、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛は五〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

(五)  原告車破損による損害 一五万円

本件事故によつて破損した原告車の修理代見積額が三六万五、九八〇円であつたことおよび事故車を廃車したことは当事者間に争いがないところ、原告本人尋問の結果によれば原告車の本件事故当時の時価は一五万円を下らなかつたことが認められるから、原告は原告車の破損により原告車の時価に相当する一五万円の損害を蒙つたものと認められる。

三  過失相殺および損害の填補

前示認定のように本件事故発生については原告にも過失があるから、その過失割合に鑑み、原告の損害のうち被告に賠償を求め得る額は前項の損害額合計一二二万一、九〇一円の六割に相当する七三万三、一四〇円とするのが相当である。

ところで、原告が自賠責保険から本件事故による人的損害に対する賠償額の支払として五〇万円を受領したことは当事者間に争いがないので、この受領額は右七三万三、一四〇円のうちの人的損害に対して充当されたものと認められる。したがつて、原告が被告に対して支払を求め得る額は二三万三、一四〇円となる。

四  弁護士費用

本件事案の性質、審理の経過および右認容額に照らすと、原告が被告に対して賠償を求め得る弁護士費用の額は三万五、〇〇〇円と認めるのが相当である。

第三反訴について

一  責任原因

本件事故の発生については原告にも過失のあることは前認定のとおりであるから、原告は民法七〇九条に基き本件事故によつて被告が蒙つた損害を賠償する義務があり、また、被告が本件事故による被害者に対して支払つた損害賠償額については、被告は原告と被告側の過失割合によつて定まる負担部分につき原告に対し求償権を行使することができることになる。

二  損害および損害賠償の支払

(一)  本件パトカー破損による損害 一八万円

成立に争いのない乙第一号証の一ないし三および同第五号証によれば、被告は本件事故によつて破損した本件パトカーの修理費として二八万八、〇〇〇円を支払つたことが認められるが、破損車両の修理費が当該車両の破損前の時価をこえる場合は特段の事情のないかぎり賠償を求め得る額は車両の時価を限度とすると解するのが相当であるところ、成立に争いのない甲第二三号証および弁論の全趣旨によれば、本件パトカーの事故当時の時価は一八万円程度と認められ、時価をこえる修理費の支出の相当性について被告は何ら主張立証をしないので、本件パトカー破損による損害は一八万円と認めるのが相当である。

(二)  損害賠償の支払 三一万二、七五〇円

成立に争いのない乙第二号証の一ないし三によれば、本件事故のため原告車が前原徳人の賃借する事務所にとびこんで同事務所の一部および同人所有の什器を破損したので、被告は同人の請求により右事務所および什器破損による損害賠償として三一万二、七五〇円を支払つたことが認められる。

三  過失相殺および求償額

前示のとおり本件事故発生については被告側にも過失があるので、右過失割合に鑑みると、被告が原告に対して賠償を求め得る本件パトカー破損による損害は七万二、〇〇〇円とし、前記前原徳人に対する賠償額のうち原告に対して求償し得る額は一二万五、一〇〇円とするのが相当である。

第四結論

そうすると、原告の被告に対する請求は二六万八、一四〇円およびこれに対する訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかである昭和四九年六月二一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、被告の原告に対する請求も一九万七、一〇〇円およびこれに対する反訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかである昭和四九年一〇月二五日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

別紙 図面

<省略>

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